「魂を込めた生涯」という言葉がぴったりの男、星野仙一。現役から監督に至るまで打倒巨人のスタンスを貫き、その巨人を倒して自身初の日本一になった2013年(前回のブログ参照)。今日の話はそのちょうど10年前の2003年10月7日、甲子園球場、巨人対阪神最終戦のエピソードである。
この年で原監督は巨人監督の辞任が決まっていた。セリーグ優勝が決まっていた阪神。試合終了後、本来であれば六甲おろしで盛り上がるはずが、なぜか沸き起こる「原辰徳」コール。しかもタイガースファンで埋め尽くされたライトスタンドからである。辰徳コールはまもなく甲子園球場全体に広がった。ブルペンで不思議な表情で立ち尽くす原監督。そのとき、場内にウグイス嬢の声「読売ジャイアンツ・原監督に、阪神タイガース・星野監督から、花束が贈呈されます」。
「ご苦労様。くじけるなよ! これからだぞタツ!! 必ず帰って来るんだから!!!」
花束を受け取った原監督に、星野監督はそう話したそうだ。阪神ファンからの「HARA」コール。宿敵・星野からの花束贈呈。そして敵陣、甲子園球場で原監督の退任スピーチ。想定外の出来事に感極まり、涙腺が崩壊する原監督。阪神ファンで埋め尽くされた甲子園球場で大きな拍手と「原辰徳」コールを背にグラウンドから去る原監督。六甲おろしを封印し、レフトスタンドの巨人ファンの声援を優先する阪神ファン。阪神がセ・リーグ優勝したラストゲームであったにも関わらずだ。なんというシーンなのだろう!
原監督の無念を代弁したかのようなこのセレモニー。星野監督の計らいだったらしい。
「夢の続きを胸の中で温め、明日からも生きていく」
原監督はそう言ってグラウンドを去った。巨人ファンとかアンチ巨人とかは関係ない。見ている人が全員、原辰徳という人間を心から応援したくなった瞬間だった。
原が巨人の監督として再びグラウンドに立ち、日本一を争って、今度は楽天監督としてグラウンドに立った闘魂・星野と対戦した2013年日本シリーズの名勝負は、それから10年後のことである。
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どうして自分がこんな目に….理不尽な思いで心が折れそうになることはよくある。脳卒中で突然体が動かなくなった患者さんはみなそう思うに違いない。しかしどの患者さんも必ず病気を受けとめ前を向いて立ちあがる。なぜか? それは親や家族や兄弟、子供や友人をはじめ、医療スタッフ、介護スタッフ…患者さんを中心に実に多くのそして様々な人間が病気の快復を信じて心から関わるからだ。「患者さんが真ん中の医療」この言葉の意味はそういう意味である。
余談ではあるが2009年、中日の立浪が引退する最終試合。再び巨人の監督となった原監督はグラウンドからベンチに戻る立浪を包容してねぎらった。2015年のクライマックスシリーズ巨人阪神戦。ゲームセット後、その日で退任する阪神の和田監督をブルペンまで出向き、握手を求める原監督の姿。原監督はこれからもこうした行動は続けるのだろう…闘魂・星野の遺徳の顕彰と思いたい。(敬称略)
旭川リハビリテーション病院副院長